交通アクセス

  1. [花のいえ]HOME
  2. 花のいえの歴史ブログ

平成25年6月13日  第6号 今年も京都の3大祭の1つ、祇園祭山鉾巡業の7月17日が近づいてきました。角倉家と清水寺と聞いてピーンと「清水寺の絵馬」を思い出させる方は、かなりの歴史通だと思います。角倉了以は、息子素庵とともに、御朱印船貿易によって、富を築きました。 清水寺には、角倉家が、奉納した御朱印船の絵馬が掲げられていました。安南(今のベトナム)方面に出かけるに際して、渡...

平成25年5月16日 第5号 角倉了以は1554(天文23)年に生まれ、1614(慶長19)年7月12日に亡くなっています。 今年、2013年は、丁度、角倉了以の没後400年の節目の年に当たります。快晴の5月12日、角倉了以夫妻、息子の素庵夫妻のお墓のある二尊院の本堂において、400年忌法要が営まれました。 角倉了以は、保津川開削工事で亡くなった人々を弔うために、嵯峨中院...

平成25年5月4日   第4号 花のいえには、私どもが「ごてんの間」と呼んでおります關鳩楼(かんきゅうろう)がございます。今回は、この意味について、ご説明いたします。 これを解明するヒントは、角倉了以の息子、素庵へ、儒学者林羅山が送った書であるというところにありました。林羅山は、徳川家康以下4代の将軍に仕えた儒学者です。 儒学の勉強をする基本テキストの1つに「詩経」があり...

平成25年5月3日(平成27年6月11日一部改訂)  第 3号 花のいえの所有者の流れの中で、明治29年(1896)から大正5年(1916)までの約21年間、有吉三七氏が、ここにお住まいをされていたことは、第2号でご報告をいたしました。 今回は、この間の様子をご紹介したいと思います。高祖父、曾祖父の住んだ花のいえを見にこられた有吉徹様との何回かの手紙のやり取りの中で、次のような...

  平成25年5月2日(平成27年6月11日一部改訂) 第2号 第1号で、花のいえの所有者の流れを報告いたしました。ところが、平成24年(2012)6月に、「高祖父、曾祖父の住んだという花のいえを見にきた。」という東京からのお客様がお来しになられました。この方の実名を挙げてもいいと思いますので、実名で記載いたします。 この方は有吉徹(ありよしとおる)様とおっしゃる方で、...

平成25年5月1日(平成27年6月8日一部改訂) 第1号 第1回は、公立学校共済組合嵐山保養所「花のいえ」が、昭和26年(1951)4月にここを所有するまでの変遷を見ていきます。 慶長11年(1606)年に、角倉了以(すみのくらりょうい)が、保津川を開削して、この舟運管理のために、この地に舟番所兼邸宅を設けました。この土地は、現在約5000㎡ありますが、当時は、天龍寺の境内地で...

花のいえのホームページに歴史コーナーを創設いたしました。 今後、定期的にこのコーナーに掲載してまいります。ご期待ください。 花のいえは、江戸時代初期の角倉了以(すみのくらりょうい)の舟番所兼邸跡です。 ここの歴史は、このホームページに「花のいえ由縁記」として記載しておりますが、さらに詳しくこのコーナーで解説をしていく予定です。   平成25年5月吉日 支配人...

宿泊予約はこちら お問い合わせ

よくあるご質問

  • ご宿泊での過ごし方
  • 日帰りでの過ごし方

花のいえ 周辺MAP

googlemap

住所:京都府京都市右京区嵯峨天龍寺角倉町9

交通アクセスはこちら

花のいえ由縁記

角倉了以邸趾にある私どもの施設。嵯峨の地に約400年もの歳月を経て現存します建物・庭園をご覧いただき、また違った旅情も味わっていただければ幸いです。

詳細はこちら

ページの先頭へ