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ごてんの間の雪見灯籠 花のいえの歴史ブログ
2018/3/29

ごてんの間の雪見灯籠            平成30年3月29日

花のいえのごてんの間(朝食堂としてご利用いただいております)には、雪見灯籠が置いてあります。お客さまに配布する由縁記には、辻与次郎(生没年不詳、近江国の出身。千利休の釜師で、豊臣秀吉から天下一の称号を与えられた「茶の湯釜」製作の第一人者の作で、傘の部分には『天正元年(1572年)与次郎作』の銘が残ります、とあります。

豊臣秀吉は、技術の流出を防ぐために、釜師を当時三条釜座(さんじょうかまんざ)に集めて住まわせたとのことで、今も市内に三条釜座の町名が残っています。

平成29年秋にこの雪見灯籠を見せてほしいと尋ねてこられたお客様が、「火袋に豊臣家の家紋が入っていますね」と豊臣家の家紋である五七の桐の家紋の図柄をアレンジした火袋を発見されました。桐の葉を火袋にしているのです。

私は今まで、これは偽物ではないか、既に宝珠も欠けていることだしと冷ややかに見てきたのですが、そうでないかもと思った次第です。

明治に入って角倉家は、江戸時代を通じて認められていた特権を召し上げられ、収入の道を閉ざされます。だから売れるものは処分をしたと推測されます。あるいは、花のいえが昭和26年に所有する前の所有者、安井善七も料亭「花乃家(はなのや)」の経営に苦戦していましたから、この雪見灯籠が価値あるものとして残されていたのであれば売却したであろうと推測をしていました。売却しても金にならない、すなわち偽物ではないか、と推測をしていたのです。まだ真贋のほどはわかりませんが、大きな歴史を秘めた雪見灯篭であることにはかわりはありません。

前回に角倉灯籠の話をしましたが、この雪見灯籠も豊臣秀吉にまつわるもので、従来、角倉家は、茶谷家や後藤家と異なり、当時の政権から距離を置いていたと認識をしてきましたが、そうでないのかもしれないと新たな疑問がわいてきました。【了】

 


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